Wednesday, October 15, 2008

Paris Je T'Aime

「パリ、ジュテーム」とかいうから、きっとすてきなモヤモヤ系フランス映画なんだろうと思ってとても楽しみにしていたのに。

モヤモヤ系フランス映画というのは、最初から最後までかなり勝手なセンスで押し切られてしまう種類の映画で、フランス映画というとそういうものがウケるのか、今まで「フランス映画だ」って見せられたものにはこういうのものが多い気がする。とにかく、一言もの申す!という寸前の状態のまま「いや、まてよ・・・」と、とうとう最後までその、ものを申せぬままに丸め込まれてしまう、というこのモヤモヤした感覚がとても好きだ。

パリを舞台にした短編集なのだけど、これを見ていたら、昔色んなレコードから好きな曲だけを集めた「お気に入りテープ」作りに凝ったことを思い出した。

お気に入りテープは、あるテーマが浮かんでからそれを何日か寝かせておくと、頭の中で自然と曲がだんだんと集まってくるので、その瞬間に一気にダビングをすると、とても気に入ったものができる。だけど、最初に2〜3曲はっきりとした選曲があって、「こいつはカッコいいのができるぞ」と、日曜日の午前中にわざわざ時間を割いて作ったりするときは、ほとんどいい物はできないから不思議。

最初にあまり狙いがハッキリとしていると、最初の3〜5曲目でぴたりとアイデアが止まってしまい、それから先は、せっかく始めたというのもあって、そのまま「ここで盛り上げて」「ここでスカして」「ここでおとす」とか考えながら、テープの終わりまで60分〜90分をそのテーマに合わせて作らなくてはいけなくなる。

で、そうしてでき上がったテープは、だいたい最初の数曲は、キマリすぎるくらいキマッているのに、そこからはメリハリがなく、ただ漫然と、しかもしつこく、そのテーマが繰り返されるような物になってしまって、人にあげても車でかけても評判が悪い。

さて、この映画、最初にその趣向がわかった時から、何編か目までは本当にカッコいいのだけれど、それからだんだんと、まさにそんな感じがしてくる。そして、その辺でまた別の趣向があることがわかってくる。それで、最後には憧れのパリスがハリウッドに犯されてしまったような残念さが残った。

でも、ただこれはジャケット買いをしたCDが思った通りではなかったというだけの話で、最初からそのつもりでみていれば、オーケーどころか、お気に入りの個性派俳優達がパリを舞台に共演というのだから、きっと大歓迎だったと思う。

最後に思い返してみると、私の印象の中で自然と、昔から今もかわらずにずっと「フランス勢」に思える俳優と、いつの間にか自然とハリウッド勢に振り分けられているフランス人俳優がいたのが面白かった。

それはきっと、この映画のわかりやすいメリハリ感が「ハリウッド的」だったので、そんな風に見えたのかもしれない。もしもこれが、根っからのモヤモヤ系フランス映画だったら、そんなこともなかったのかもしれない。

[Paris, Je T'Aime ]

Tuesday, September 30, 2008

Ravenous

殺人、強盗、拉致、通り魔、親殺し、子殺し、自爆・・・と、聞くだけで身の毛がよだつような犯罪も、最近すっかり市民権を得てしまったので、このどれかをテーマに物語を描くにはどうもありふれすぎてしまうし、なによりもそんなものは、変に現実味がありすぎてやりきれない気分になってくるにきまっている。

さあ、そこで最後の砦になるのが食人かもしれない。これなら、あまり報じられていはいないし、とにかくなんでもありというこの世の中で、スレスレで想像の向こう側。なんといっても「食」という全くの日常と、「人を」というタブーがいっしょくたになった妙な気分にさせるのもいい。

とにかく、自分の中でそれが気持ちの悪い事なのか、ハラハラドキドキするような興味のある事なのか、どうもハッキリしない。その証拠に「食人」と聞いただけでは、犯罪なのかそうでないのか、そうなる経緯をちゃんと聞くまではすぐには答えられないというのもおかしな感じだ。

それはともあれ、劇中にダジャレとして出てくる「生きる為に食え、食う為に生きるな」という台詞がとても気に入った。それは、現実でも多くの人が普通に葛藤しているようなことだと思うのだけれど、それと、この物語の登場人物達にとっての意味が、もう少しでつながり合いそうな知恵の輪の様でとても面白い。

南北戦争の時代(?)の、山間の閉ざされた砦という時代背景と舞台に、先住民族の言い伝えとカニバリズムという組み合わせが、なかなか新しいおどろおどろしいさを醸し出している。

でもこれ、分類はホラーとなっているけれど、本当はちょっと前にはやったキツいブラックジョーク系の若者映画みたいなノリ。種類は全然違うけれど、こちらもかかる音楽が格好いい。あ、出てる人が同じだからか。

[Ravenous][Trainspotting]

Tuesday, August 12, 2008

Nathalie...

字幕の切り替わりの早さというのは、一体その翻訳が原因なのか、それとも、その言語が短い時間でたくさんのことを伝えることができるものだからなのか。わからないけれど、とにかく中国語の映画は、字幕の切り替わりが早くて読むのが大変なことが多い。

きっと、発音しているのは漢字だけなのに、そこにひらがなを足して文字にするから、元々よりも量として増えているのだ。さらに、中国語の映画の英語の字幕などは、それよりもかなり横長になるはず。

さてこちらは、フランス語の映画。字幕が英語だったので、いちいち読むのに時間がかかったというのもあるけれど、字幕が問題になるポイントはこの映画の性質にある。

メインの筋はというと、自分の夫を誘うように売春婦に頼んだ奥さんが、その売春婦とだんなとのそれからの出来事をいちいち聞く、というもの。日本では、いつも通り「こちらに何か変な誤解させて見せてしまおう」と、ずいぶん官能的な映画の分類になっているけど、例によって実際はそうでもない。

で、その女のする話というのが、やはりほとんど情事についてだったりするのだけれど、これが本当に話だけで、絶対に回想シーンなんかにはならない。ということで、フランス語の解らない人は、そのエロ話を全て文字で読むことになるというわけ。

こうして考えると、日常生活でもコミュニケーションというのは言葉と同じくらいか、それ以上の割合で表情が大切であることがわかる。込み入った内容の映画など、話の流れから振り落とされまいとして、一生懸命に字幕を追うと、表情で伝えるような本当の見せ場みたいなところを見逃してしまうことがあるから大変。

ということで、この映画でもここで字幕の切り替わりの早さが問題になってくるのだけれど、しばらく見ていたら、その2人が顔をあわす時に話されることはだいたいそんなことで、全体を見失う程のことでは無い、ということに気がついたので、文字の固まりの最初と真ん中と最後位をチョイチョイっと読んで軽く流すことにした。

ところが、話のオチが見えてきた頃、「もしや」と思った時にはもう後の祭り。実は、その部分こそが、この映画の最大の見どころで、その都度、フムフムと読まなくては(聞かなくては)いけないというのがこの映画の流儀だったのだ。

ということで、画面では2人の女性がなにやら深刻そうな話をしている様子、その下で誰かが翻訳したエロ話がパッパと切り替わり、そしてそれを一生懸命に読んでいるという、その全体の光景自体もけっこう面白い。

[Nathalie...]