Monsieur Batignole

テレビの宣伝や雑誌の広告、ポスター、そしてDVDのカバーを目にして「あ、これは今の気分にきっとぴったり」と思って観てみると、実際はそれらの広告が放っている印象と全く違う映画であることがたまにある。

例えば、最初から「シリアスなヒューマンドラマだ」とがっちり信じきって観はじめて、途中「なんか変だぞ」と感じつつも、それを頭のどこかに隠しながら、中盤を過ぎたところで「・・・アクションでありましたか」と、目の前の現実を完全に認識したその瞬間の、怒りと悔しさ、そしてなぜか恥しさが入り交じった様な独特な感覚。そして、どこからか「誤解した方が悪い」と聞こえ、「またも、商売人にしてやられたか」と思う。

幸いにも今回はその逆で、最初に作品を観てから、DVDのカバーを見て「うそだ。ぜんぜんこんな雰囲気の映画じゃなかったぞ」というのが左のイメージ。へた字クレパスで「バティニョールおじさん」と楽しげなタイトル。で、パリのアパルトマンの天窓からおじさんが子供をささえてる様子。これではまるで、これからチンチロリンなフレンチコメディがはじまるみたいだ。はっきりいってこれは詐欺。

それで、試しにアメリカやカナダで売られているものと、ヨーロッパで売られているものを探してみると、それぞれが違う場面を使っているので面白い。主人公一行が手をつないで野原を楽しげに歩いているのがアメリカ版、そして、ちょっとシリアスな面持ちで旅券か何かを持って旅をしているのが、この記事の一番上のフランス版。

だけど、実際のイメージは「フランス版とアメリカ版の真ん中辺りで、ちょっとフランス版寄り」という感じ。

舞台はナチが台頭し始めたパリから始まって・・・、というと「ふーん」位に思うけれども、これが人情ものかと思いきや、ドタバタあり、ニヤリとさせられるブラックユーモアあり、そして、決して軽くないテーマなのにも関わらず、暗い雰囲気に支配されることもなく、スイスイと観ることができる。そして、その常に安定した話の構成にどんどんと引き込まれてゆく。

その時の社会の状況というものが、登場する全ての人物の中ですでに日常として肯定されていて、まるでただその時代の当たり前の一人生のように描かれている。とにかく、登場するそれぞれの人物について、その個性や背景を感じることができる。だから、タイトルだって「バティニョールさん」というのは、きっと「(ごくありふれた)ある人物について」というニュアンスなのだろう。

・・・ということで、日本版のカバーは全く内容の目安にはならない。日本の映画を売る人達は「誰かが間違えてでも観てしまえば儲けもん」ということで、こんなことをするのだろうか?・・・あ、そういえば、広告って元々そういうものでしたか。とにかく、最初にこれを目にしてたら絶対に手に取らなかったけれど、別ルートで巡り合えて幸運だった。

それにしても、「バティニョールおじさん」だって?ぷっ!

[Monsieur Batignole]

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