なにかの話の中で「インド」と言おうとすると、つい「ドイツ」と言ってしまい、逆に「ドイツ」のときには「インド」となってしまう妙な癖のある私の友人にはちょっとつらい、インドが舞台のドイツ映画。 かなり伝統的正統派ラブストーリーなのだけれど、インドという背景のせいで、根底に「この人物の人生はこうだった」という、なにか強い説得力があって、なににともなくただ納得させられる。もしもこれがインドではなかったら、もっとサッパリ味だったと思う。それで、どれくらい伝統的で正統派かというと、そういえば、これはシェイクスピアっぽい。 で、試しにこの作品を予告風に短く表現すると、「お互いの境遇の変化と、巡り合わせ、そして無情な時間の流れ、シバ神に翻弄される2人の人生がコルカタを舞台に繰り広げられる・・・」と、こんな具合にどうしても正統派臭く、面白くなさ気になってしまうのだけれど、実際は、心に残る名作のようで、もう少し軽めの「技あり一本」という心地よさ。とにかく、誰もが聞いたことがあるような「インドってこういうところらしい」ということを、つなげ合わせて話の土台にしてあるので、とても取っつきやすく、最初から最後まで集中して楽しむことができた。 ということで、幾度となく「いかにもインド風」なモノの売り買いの場面があるのだけれど、それを見ていると、どうもモノの価格というのは、そのモノ自体にではなく、買う人に属しているのかもしれない。だから、人によって、そのモノの価格が変わるのは当たり前で、きっと商売人というのは「その人がその物に対して持つ価値を見極めて、一番高い値段をつける」のが仕事なのだ。でも、売れなければゼロなので、これはまさに真剣勝負。 とにかく、今回はそんなドイツの力を改めて思い知らされた。や、インド、インド。 [Schatten Der Zeit (Shadows of Time)]
・・・といったって、別にタイ語で観たわけではないこの映画の題名は「Last Life in the Universe」。ネットで拾ったタイ語なので、ホントはなんて書いてあるかも解らない。直訳かそれともタイ国内向けのタイトルか、ひょっとしたら、外国でたまに見かけるTシャツにプリントされた日本語みたいに、いきなり「いかりや長介!」とか書いてあるのかもしれないけど。 それにしても、さすがは日本映画好きの外国人の監督という感じで、最近の邦画ではもう飽き飽きの、例の「間(ま)」と「つぶやき台詞」のとらえ方が違っていて良かった。とにかく、あの、間〜つぶやき台詞〜間〜間&場面転換、には、本当に惹きつけるものと、意味あり気なのでつい凝視してしまった揚げ句、ただ目を疲れさせるだけものがあると思うのだけれど、とにかく、このところそれがまるで「売れる手法」のようにどんどんと引き継がれていて、流行りの俳優が2人ほど出てきて、ぽつりぽつりと日常を描いてゆくような映画は、みんな同じになっている。始まりのカットでもう「ああ、またこれか」というのが多い。 で、これはそれっぽいのに「それが売り」ではないので、どこかホッとした。ジャパニーズヤクザの描写が無駄にしつこすぎないのも新しい。そして、全体がなんだか最近の日本映画への敬意で満ちている様で気持ちが良かった。タランティーノの強烈なそれではなくて、もっと若い「日本映画ってかっこいいよな」みたいな軽いノリで。 [Last Life in the Universe]
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