Nathalie...
字幕の切り替わりの早さというのは、一体その翻訳が原因なのか、それとも、その言語が短い時間でたくさんのことを伝えることができるものだからなのか。わからないけれど、とにかく中国語の映画は、字幕の切り替わりが早くて読むのが大変なことが多い。 きっと、発音しているのは漢字だけなのに、そこにひらがなを足して文字にするから、元々よりも量として増えているのだ。さらに、中国語の映画の英語の字幕などは、それよりもかなり横長になるはず. さてこちらは、フランス語の映画。字幕が英語だったので、いちいち読むのに時間がかかったというのもあるけれど、字幕が問題になるポイントはこの映画の性質にある。 メインの筋はというと、自分の夫を誘うように売春婦に頼んだ奥さんが、その売春婦とだんなとのそれからの出来事をいちいち聞く、というもの。日本では、いつも通り「こちらに何か変な誤解させて見せてしまおう」と、ずいぶん官能的な映画の分類になっているけど、例によって実際はそうでもない。 で、その女のする話というのが、やはりほとんど情事についてだったりするのだけれど、これが本当に話だけで、絶対に回想シーンなんかにはならない。ということで、フランス語の解らない人は、そのエロ話を全て文字で読むことになるというわけ。 こうして考えると、日常生活でもコミュニケーションというのは言葉と同じくらいか、それ以上の割合で表情が大切であることがわかる。込み入った内容の映画など、話の流れから振り落とされまいとして、一生懸命に字幕を追うと、表情で伝えるような本当の見せ場みたいなところを見逃してしまうことがあるから大変。 ということで、この映画でもここで字幕の切り替わりの早さが問題になってくるのだけれど、しばらく見ていたら、その2人が顔をあわす時に話されることはだいたいそんなことで、全体を見失う程のことでは無い、ということに気がついたので、文字の固まりの最初と真ん中と最後位をチョイチョイっと読んで軽く流すことにした。 ところが、話のオチが見えてきた頃、「もしや」と思った時にはもう後の祭り。実は、その部分こそが、この映画の最大の見どころで、その都度、フムフムと読まなくては(聞かなくては)いけないというのがこの映画の流儀だったのだ。 ということで、画面では2人の女性がなにやら深刻そうな話をしている様子、その下で誰かが翻訳したエロ話がパッパと...