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4月, 2007の投稿を表示しています

Passer By

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「こんな思いはもうコリゴリ」と思っても、だいたいの人はその後何回か同じような失敗をしないと身に染みない。これは、その強烈な1回分という出来事の最初から最後までという感じ。明日誰もが普通に出くわしそうな事件から始まって、どんどんと事が大袈裟になってゆくのだけど、とにかくそれが常に現実というレベルから離れていかないから面白い。 終電に乗り合わせた女性がチンピラにからまれているのに、何もしないで自分の駅で降りてしまった男性。それをきっかけに起こっていく出来事と、全体を通しての彼の心理状態、そして彼を取り巻く、社会的な環境(家庭を含む)の変化の描写が巧みで、とにかくハラハラ。誰でも持っている心配(特に男性の責任とされていること)みたいな地味なテーマをぐっと手前に持ち出している。物語の経過で、主人公の行動や考えについて、その時ごとに納得できたり怒りを覚えたりと、その人物と一緒に変化してゆけるのも楽しかった。だんだんと事が込み入ってくるにつれて「もうかんべん」という気持ちになるのは、この人物と自分の中の共感する部分が助けを求めているからかも。 とにかく、一人一人の登場人物について、その生い立ちからなにから個性がキチンと考えられていて、そこに様々な人物が居て実際に生きている、というような確かな現実感が全体を包んでいる。それにしても、どうもイギリス映画にはこの感じものが多い気がする。ひょっとしたら、映画や演劇には「登場すべき役割の種類」というのが何パターンかあって、そのうちのどれかをベースに、その物語や個々の人格について詰めてゆくとこういう感じになるのかもしれない。例えば、ベースはかならず、王様、道化師、魔法使い・・・といった具合に。そういえば、コメディでもそう。気の利いた感じの作品には、決まって「いつもタイミングのわるいヤツ」みたいな人物がキチッと配置されていて、その物語の根幹には影響しないものの、常に「居る、居る」という感じで、全体をぐっと洒落たものにしていることが多い。 一方、誰か一人がその人の頭の中で考えたような作品は、主人公も相棒も、ギャングも、通行人も、だれもかれもが同じ人物で、みんなで手順を追っているというような感じ。この場合だと、観ている方は、時間の流れ以外の階層的な解釈をする必要もなく、ただ一緒にワイワイと一方方向へと進んで行けばいい。すると最後に、時間だけが過ぎ...

Wolf Creek

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とんでもない田舎町、奥深い森の中、または原野の真中といった人里離れた場所に、狂った世捨て人が暮らしていて、とんでもなく常軌を逸した生活をしている・・・、というような恐怖は確かにあるものの、それをどうも心から恐いと思えないのはどうしてだろう。 もちろん、最初から最後までハラハラし通しで、終わった途端に握りこぶしの力がゆるんで、ホーッと大きなため息が出るほどなのだけれど。 でも、どうも同じ恐怖でも「隣に住んで居る人の恐怖」方がもっと恐い感じがする。もしかしたら、アメリカやこの映画の舞台のオーストラリアの様な、とても広い所で生まれ育った人々にとっては、その私の感じない部分に強い恐怖を感じるのかもしれない。だけど、もしかしたら、それがその「隣の」というのと同じ感覚だったりするということなのかもしれないけど。 さて、そのキ印というのは、あるときは1人だったり、あるときは家族ごとだったり、そして時にはその町の人全員だったり。とにかく、相手は同じ人間なのに、完全にオカシイから止める術が無い。それが偶然自分の日常に現れ、捕まえられて、生きながらもう、ひどく病的なことをされ、苦痛と恐怖の絶頂でとどめをさされる。で、しかも最後には、気持ちの悪い標本コレクションの仲間入りにされるか、悪くすると食べられてしまう・・・。 とにかく、こういうものは寅さんと同じで、そうとわかって観るという種類のもの。色んなパターンは考えられるけれど、いずれにしても大した違いはない。そしてこの作品は、こんな風に最初にスジもオチも知っていたとしても、要所要所がとても気が利いていて十分に楽しめる。特におじさんの人物像がうまくできていて、久々にホラー系悪のヒーロー出現の予感。キャラクターグッズの販売が待ち遠しい。あとは続編を待つばかりだ。 ・・・それにしても公開は2005年とのこと、しばらく経つのに変だな。(→ 2013年にキタ! とうとう!) [Wolf Creek]   [The Hills Have Eyes] [Wrong Turn]   [The Texas Chainsaw Massacre] [Two Thousand Maniacs]