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Young Adam

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たまに、なんの関係もない全く別の職業に就いてみたいと思うのだけど、もちろんそう簡単にはいかない。だから、こんな風に映画の中で、想像もしたことも無い様な職業の具体的な仕事についての細かい描写があったりすると、わくわくしてならない。  この場合だと、スコットランドのどこかの運河を上り下りして色々なものを運んでいる運搬船なのだけど、働く人の生活と船や道具、そしてその仕事に関しての「コツ」というか「腕の見せ所」みたいなものまで、よく映っていて面白い。もちろん、それがどれだけちゃんと描写してあるか、なんていうことは解らないけれど、とにかく「働く、その場」というものがよく伝わってきた。  主人公の性癖やおかれた状況はかなり非日常的なもので、骨組みはスリラーということなのだろうけれど、同時に描かれたその「労働」みたいな、淡々とした現実の日常というものが、全体を深いものにしているのだと思う。だから、ちょっと軽薄な事を試してもある程度の重さがあった。 ただ、劇中の音楽で「?」と、我に返ることが1、2回あって、それがちょっとデヴィッド・リンチの昔の人気連続テレビシリーズを思わせてしまった。これは、音楽を作った人が「ちょっと、それっぽいかなぁ」と思った所でやめるべきだったかも。 [Young Adam] [Twin Peaks]

仁義なき戦い

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その昔、菅原文太が広島やその周辺の人ではなく、東北の人だと知ったとき、それはもうショックだった。そしてそれから、ずいぶんと時間が経って昨夜、途中でふとそれを思い出してしまってからというもの、どうも「東北は米どころの人」という感じがしてきて、映画はすっかり違う印象に。 人は初めて会った人との会話の最初に、年齢や職業、そして出身地の話をすることが多いけれど、これには十分に気をつけた方がいい。ひょっとすると、それが話の内容にずいぶんと関係してくるかもしれない。とにかく「呉出身です」というのと「仙台出身です」というのでは、まるで雰囲気が違う。土地の印象が違うというのは当たり前なのだけど、これは「そこ出身の人物」という話。 例えば、同じ「若いときはよく喧嘩をしたもんだ」という話でも、どうも仙台での喧嘩の方はたいしたことない感じがする。けれど、「呉で喧嘩」と聞くと、頭に浮かぶその場面がスゴイ。背景だって、仙台なら緑深い公園の辺りだけど、呉だったらやっぱり、戦後復興まっただ中の人ごみの中での刃傷沙汰という具合。 とにかくこの印象をぬぐうには、実際にそこに行ってみるのが一番なのだろうけど、そんな用事のために行くこともないし、ホントのこというと、そんな偏見をこのまま保っていたいという気持ちも強い。  それにしてもこの作品、昔観た時は確かに「やくざ映画」だったはずなのだけど、今回は、まるで新鮮な映像を楽しむミュージックビデオの様。どの場面もキマりすぎるくらいにキマってる。とにかく、なにもかもが凄すぎて笑いが止まらない。   [仁義なき戦い]

Serpico

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画面から目が離せなくなるのは、たぶんあの目玉のせい。特に若いこの頃は、目玉の中に水分がいっぱいに入っていて表面に張りがあるし、色もずっと濃い感じがしてなおさら。 それにしても「アル・パチーノが都会のポリス役」と聞くだけで、どういうわけか頭の中で映画が一本完成してしまうから不思議。 でもこちらは、そんなスターにすっかりもたれかかったような作品ではなく、設定も展開も丁寧で、ある緊張感を保ちつつ、登場する人物たちを生かしながら淡々と話が進んでゆくという地味な掘り出し物。 とにかく、自分の考えを話してみると、みんなが「お前は正しい」とうなずくのだけど、結局は「そうは言ってもな」で、のれんに腕押し、というのがこの世の中だと悟った時のその孤独感といったらない。もしも観ている人のほとんどが、この状況にいる人物に共感し、深く感情移入できるのだとしたら、これはもう、みんなすぐに田舎に引っ越したほうがいい。そこに居るから関わるのであって、離れてみると、そこにはそれを含まない時間というものが平然と在ったりする。そして、大きなシステムの中で問題になるような事でも、小さなシステムの中では、全くそうならないということも多い。  と、一体全体そんな映画だったかな?という気がしてきたけれど、まあそうだったかもしれない。ただ、中盤までは気にならなかったけど、ああいう感じの人がああいう服や帽子を選んで身に付けるとはどうしても思えなかった。どう考えてもオシャレすぎ。   [Serpico]

The Night We Called It a Day

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実在の人物についての映画で、今まで「なかなかやるなぁ」と思ったのは「ドアーズ」で、「一生懸命だし、面白いからいい」というのが「シド&ナンシー」。それで、俳優というのはきっとモノマネがうまい筈だ、と思っていたけど、このフランクシナトラはイマイチ。  話題作風のこぎれいな画面に、デニスホッパーとメラニーグリフィスのゴージャス&危険な雰囲気。おまけにそれっぽい予告だったから、ちょうどそういう気分で観始めたのだけど、これがとんだ肩透かしに遭った。他にも好きな俳優がでているので、その人物に魅せられて、場面場面には目を引かれるけれど、その間がスカスカして埋まらない感じ。しかし気が抜け始めたところで、パッと名場面風なシーンを挿入されるから、やめようにもやめられない。と、こんな感じで時間は過ぎました・・・。  でもこのフランクシナトラのよいところは、マネされる人物よりもマネする人物のキャラクターが勝っていて、逆に「この人が歌うたいだったらいいかも」と思わせられるところ。 いや、でもだんだん「フランキー、オーストラリアに行く」というのだけで、けっこう面白いのかもしれないと思えてきた。や、やっぱりダメ。いや、まてよ・・・と、観ている途中もこんな感じが続いたというわけ。   [The Night We Called It A Day] [The Doors] [Sid and Nancy]

เรื่องรัก น้อยนิด มหาศาล

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・・・といったって、別にタイ語で観たわけではないこの映画の題名は「Last Life in the Universe」。ネットで拾ったタイ語なので、ホントはなんて書いてあるかも解らない。直訳かそれともタイ国内向けのタイトルか、ひょっとしたら、外国でたまに見かけるTシャツにプリントされた日本語みたいに、いきなり「いかりや長介!」とか書いてあるのかもしれないけど。  それにしても、さすがは日本映画好きの外国人の監督という感じで、最近の邦画ではもう飽き飽きの、例の「間(ま)」と「つぶやき台詞」のとらえ方が違っていて良かった。とにかく、あの、間〜つぶやき台詞〜間〜間&場面転換、には、本当に惹きつけるものと、意味あり気なのでつい凝視してしまった揚げ句、ただ目を疲れさせるだけものがあると思うのだけれど、とにかく、このところそれがまるで「売れる手法」のようにどんどんと引き継がれていて、流行りの俳優が2人ほど出てきて、ぽつりぽつりと日常を描いてゆくような映画は、みんな同じになっている。始まりのカットでもう「ああ、またこれか」というのが多い。  で、これはそれっぽいのに「それが売り」ではないので、どこかホッとした。ジャパニーズヤクザの描写が無駄にしつこすぎないのも新しい。そして、全体がなんだか最近の日本映画への敬意で満ちている様で気持ちが良かった。タランティーノの強烈なそれではなくて、もっと若い「日本映画ってかっこいいよな」みたいな軽いノリで。   [Last Life in the Universe]

Siam Sunset

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話の方向を変えるきっかけ程度にちょっとした超常現象が起こるのだけど、全体のストーリーがそちらの方向に傾くことは全く無く、それによって連鎖的に起こってゆく事件に登場人物達が翻弄されてゆく、というこのタイプは、全体に不思議な雰囲気が漂いつつも、かといってがっちりファンタジーのように、胸やけしてくるということがないのでとてもいい。  イギリス人がひょんなことからオーストラリアに行く、と聞くと、一瞬「なんだ」と思えるのだけど、これが意外な効果があって面白い。オーストラリア映画と番組表に書いてあったので見はじめると、しょっぱな"イギリスのとある場所"と始まり、ハマるまでちょっと時間がかかるので苦手な、ある時代のイギリスのテレビドラマ風な臭いがしたので、「どうしようかな」と思ったけれど、その途端一気に引き込んでくれたので嬉しかった。  オーストラリアには行ったことが無いし、特に個人的な思い入れが有るわけではなく、本当に映画だけのつきあいなのだけど、いつも、画面といい、ストーリーといい、風景といい、人々といい、話し方といい、どうも気になって観てしまう。 そういえば、お巡りさんがマッチョな暴走無法者達に仕返しをする例の映画も、なにかアクションだけではない感じがしたから面白かったのかも・・・。だけど、ハッキリ言ってツー以降はぜんぜんついていけない。 [Siam Sunset]   [Mad Max]

CASSHERN

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始まってかなりしてから眠ってしまい、しばらくそのまま時間が経った気がして「いけね」と思って目を覚ましてみると、まだまだ余裕で話の中盤で、しかも場面も雰囲気も不思議と眠ったときのまま。それでもそこからかなりハマれた映画、という分類の「2001年宇宙の旅」と「ホーリーマウンテン」に久々の仲間が。しかし、この映画がこんなビッグネーム達と肩をならべられるとは思ってもみなかっただろう。 それにしても、久しぶりに子供の時にいつも感じていたあの、「新造人間キャシャーンの独特な感じ」を味わうことができた。きっと、あの時最後にテレビで観たとき以来。「そうそう、このキャシャーンの感じ」と、とても懐かしかった。 テレビでは確か、毎回挿入歌の途中かその話の最初に必ず、どうして新造人間になったかという、いきさつを短く説明する挿入ナレーションがあったと思う。それは、無数のロボット軍団すごい地響きを鳴らしながら、破壊された町を行進する様子、そして、そこにさっそうと連れのロボット犬と現れるキャシャーン!と、いかにもこれからその活躍っぷりを見せてくれそうなものだったのだけど、実際本編が始まってみると、悪を次々と倒してゆくどころか、なにか事有る毎に、彼特有の個人的な問題で悩んだり、この世の無常を嘆いてメソメソするという変な超人だった気がする。 と、記憶の中ではそんな風だったキャシャーンが、持ち前の希有な運命の悩みに加えて、単純だけどかなりヘビーなテーマを背負って登場。とにかく最初から最後まで、暗くて、重い。しかもそれがたいした抑揚もなく延々と続く(しかも繰り返し)。でもひょっとしたら、テレビでやっていた時も同じテーマだった? それにしても、この手の特殊撮影の映画は、どれも画面が暗すぎて、人の表情が見えづらいので途中登場人物が解らなくなるし、見終わった後もどんなものだったのかよく思い出せないことが多い。とにかく今は、寺尾聰の笑い顔しか思い出せない。   [CASSHERN] [2001年宇宙の旅] [ホーリー・マウンテン]